国際色と伝統が同居する町

皇族有栖川家の用地を昭和9年(1934)に公園として公開したのが、有栖川記念公園。
木々でほの暗い急坂を下っていくと、池で近所の子供達が釣りをしている。
池の周りの小道をぐるっと回ると、ひなたぼっこをしている老人たち、独り謡曲を唸るおじさん、ぴったり寄り添って歩くカップル・・・まさに地元の人々の憩いの場である。

公園の一画には都立中央図書館があり、受験生らしい若者たちが熱心に机に向かっているのがガラス越しに見える。
この辺までくると、すれ違う人々の半分は外人、といった様相を呈してくる。無理もない。
ここから歩いて5分以内の一円に、ドイツ、フランス、スイス、ノルウェー、マダガスカル、パキスタン、大韓民国、フィンランドといった大使館が林立しているのだ。
東南アジア系らしき可愛いベビーシッターが、白人の赤ん坊をのせた乳母車を押して歩いていたりする。
公園の西から麻布十番にかけては、坂のオンパレード。仙台坂、一本松坂、狸坂、暗闇坂、大黒坂、七面坂。とりあえず、一本松坂に向う。
辺りは静かな住宅街だが、心なしか、日本離れした街並に見える。蔦に覆われた大正6年建造の安藤記念教会が、ヨーロッパムードを盛り上げる。
その先のパキスタン大使館を曲ると、西町インターナショナル・スクールがある。大正10年に建てられた木造の2階建ての洋館を利用して昭和22年に開校された学校で、茶色の壁に白い窓枠が可愛らしい。
その先を下っていくと、「麻布七不思議」の一つ、がま池があるはずである。
江戸時代、ここに屋敷を構えていた旗本の家来が、大ガマに殺された。が、ガマは主人の夢枕に立ってその罪を深く悔い、以後当家の防火につくすことを約束した。
後に古川岸、で起きた大火がここまで広がった時、ガマが池の水を吹きつけて火を消してくれた・・・・・その池は、ほとんどが塀の陰に隠れて、わずか3メートルほどの幅位しか見えない。重なり合って立つマンション群に押しつぶされそうな伝説の池は、ただただ哀れであった。

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