松濤ぐるぐる美術巡り

渋谷、東急百貨店を通り過ぎて右に折れると、そこは松濤であった。
本当に、突然、住宅地しなってしまうのである。
あの若者の喧騒がこだまする通りのすぐ奥に、こんな大人のたたずまいの住宅地があるなんて、本当に(月並な表現で恐縮だが)嘘みたいなのである。
茶の湯のたぎる音を松風と潮騒にたとえたというのがその地名の由来で、かつて当地を所有していた肥前鍋島家の茶園の名にちなんだものだが、ずいぶん優雅な名前をもらったものである。が、今やその名に恥じなし¥い高級住宅地であり、いかにも敷居の高そうな邸宅が並ぶ。
都知事公館を過ぎ、観世能楽堂前を左に折れる。そういえば渋谷一帯が茶畑と化した時期あったという。
明治維新で没落した武士の救済のために政府が奨励したもので、一時は「渋谷茶」が流通した。士族の商法ですぐに失敗したが、ゆるやかな起伏し富むこの地には、茶畑の明るいイメージがぴったりだ。蔦のからまる塀の奥につつましげなネオンサインが見える。あれっと思うと、洋館をそのまま使用したレス卜ランだったりするのがニクい。
鍋島藩の屋敷跡の一部に建てられた戸栗美術館は、陶磁器のコレクションを中心とするユニークな美術館である。入場料はやや高いが、その分人も少なく、ゆったりと鑑賞ができる賛沢な空間だ。こまやかな配慮の照明の中、有田や鍋島、中国や李朝の優品が神秘的し浮びあがる。

新しい経験

鍋島松濤公園は、池を配した緑の公園。夜はほとんど人も訪れず、デートの穴場だ。
その向いにあるギャラリーTOMは、不思議な体験だった。「ぼくたち盲人もロダンを見る権利がある」という主張のもとに生れた、手で触って感じることのできる彫刻やオブジェばかりを集めたギャラリー。入口で「必ず手で触って御覧になって下さいね」と念を押される。えっ、はあ、わかりました、とやや戸惑いを感じつつ、おずおずと手を伸ばしてみる。わっ、ギザギザだ。あっ、カサカサだ。ブロンズの冷たくどっしりした感触。まとわりついてくるような糸の感触。見ただけではわからない作品の魅力が伝わってくる、新しい経験だった。白い杖をついた上品な老婦人が、「とても、とても面白かった」と、ギャラリーの人に何度もおじぎ’をして帰っていった。
美術巡りは続く。
渋谷区立松濤美術館。1981年開館。今や近所のおじさんおばさんが散歩ついでにちょっと寄る、という感じで地元にすっかり定着してしる。が、白井晟一の手による建物はなかなかに神秘的で、地下1階の展示場におりていく階段は、秘密の場に続いてるような雰囲気があって、ちょっとドキドキしてしまう。

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