駒場で嗅ぐお勉強の香り

さて、今回はお勉強の道である。これから向うのは、なんと東京大学教養学部である。東大を見たからどうということはないが、これは要するに息抜きである。
美術館や博物館の類を続けて見ると、確実に疲れる。テニスコートの女子大生でも眺めて、しばしボーッとするのがよい。
山手通りを越えるとそこは目黒区駒場。
徳川時代、将軍の鷹狩りの場所で、後には軍隊の調練場となった。今は落着いた住宅地。東大に続く道にはアジサイの花が咲き乱れ、歩きながら、勝手にここを「あじさいロード」と命名する。
駒場東大前駅から左に折れた日本民芸館が次の目的地だが、ちょっとキャンパスを覗いてみた。週末なのでしんとしているが、構内にある駒場小劇場で芝居がはねた時間らしく、そっちの方向から若者がぞろぞろ帰って来る。
そういえば、あの野田秀樹の「夢の遊眠社」もここから出発したのであったなあ、としばし感慨にひたる。奥に入っていくと、クラブ活動の音でにぎやかになった。右からは謡曲を稔る声、左からはトランペットのロング卜―ンがきこえ、我が聴力はしばし混乱する。
このままキャンパスを西に抜ける小道も発見したが、わかりにくいので正門に戻る。
駒場の住宅街は緑豊かで、やはりどことなく品格が漂う。が、家々は、松濤のそれ
に比べるとこぢんまりして親しみやすい感じがする。
あの家住みやすそう、あっ、あの家にも住んでみたいと無邪気に(しかし空しく)思ってきょろきょろしていると、武家屋敷のそれを思わせるどっしりした門構えが見えてくる。これが日本民芸館西館(非公開)で、展示館はその向い、こちらも白壁・瓦葺きの堂々とした和風建築である。
日本民芸館は昭和11年に「民芸」という言葉自体を作った柳宗悦や浜田庄司らによって設立された。それまでは工芸のジャンルに入れられなかった職人たちが作った民衆の生活用品の美を見直すという趣旨のもと、国内外の民芸品を多数収集している。
入口でスリッパに履き替える。磨きこまれた木の床と柱が清々しい。ほど良い感じにすり減った幅の広い階段が、どーんと目の前にある。
高い木の天井。障子を通して入ってくる光のやわらかさ。木の家というのは、本当に心が落着く。そこに置かれた無名の作者による数々の食器や日用品はさりげなく、美しい。機能に徹したシンプルな形に、 つつましい装飾。昔の庶民はずいぶんと美しい暮らしをしてしたのだなあ。雑多なモノしあふれた我が家の生活を反省する。売店では韓国のフライパンや素朴な木の玩具など、現代の民芸品が売られている。

コメントは停止中です。

サブコンテンツ

このページの先頭へ